• パートナークロストーク Vol.01

iPS細胞ができること
ってナンダ?

play

T-CiRA プログラムで免疫療法の開発に携わっている有馬寿来留さんと、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で、ヒトiPS細胞由来免疫細胞の作製を中心に、抗原特異的キラーT細胞を用いた細胞療法の研究などを行う入口翔一さん。

2015年のT-CiRA発足時から、iPS細胞技術で作製した免疫細胞を利用して、新しいがん免疫療法の開発プロジェクトを担うおふたりに、T-CiRAでの研究やビジョンについて話を伺いました。

キャリアを活かし、
T-CiRAという新たなステージへ

おふたりがT-CiRAに携わるようになった経緯から、いま取り組まれている研究について教えてください。

【有馬】 私はタケダに入社してから、がんの領域や自己免疫疾患を対象とした免疫の領域で薬理研究者として創薬の研究をしていました。

T-CiRAではがんと免疫のどちらにも取り組めるということで、自身のバックグラウンドを活かせるのではないかと思い参画し、現在に至ります。また、iPS細胞という新しい題材で創薬に挑戦できるという点も魅力的でした。

【入口】 私は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)に所属しており、このプロジェクトのリーダーである金子先生(CiRA・金子新教授)の研究室で、iPS細胞を使った免疫療法の実現化を目指す研究に携わっていました。

さまざまな企業から免疫療法が注目されるなか、山中先生(CiRA所長・山中伸弥教授)とタケダの間で話が進み、金子先生からのお声掛けで2015年のT-CiRAスタートから携わっています。

【有馬】 いま私たちは、iPS細胞からT細胞(外敵から体を守る細胞)を作り出し、遺伝子操作技術を組み合わせることで、がんを倒すT細胞を作る研究をしています。すでに基礎研究の段階は終わり、患者さんに届けるための最終段階に入っていると言えます。

私は基礎の研究者ですが、非臨床安全性試験用の細胞製造や、臨床用の細胞製造のメインオペレーターを務めるなど、現在ではT-CiRAのなかでも特に臨床に近い業務に従事しており、湘南やボストンのセルセラピーの専門チームとも日々協働しています。

【入口】 免疫療法は本当にがんに効くのかといわれるなか、免疫チェックポイント阻害剤やCAR-T細胞療法などが開発され、多くの難治性がん患者さんの治療に役立てられています。今後はこれらの治療薬の併用も進んでいくと思いますが、さらに普及するにはさまざまな課題があります。

そんななか、iPS細胞から免疫細胞を作る研究は、その課題解決の一助になると考えられます。ただ、この研究は簡単なことではありません。

基礎研究の段階では多くの場合、iPS細胞をマウスや他人の細胞と一緒に培養しながらT細胞を作製するのですが、その方法だと、多くの患者さんにいつでも届けられるように予め大量のT細胞を作製するのは困難です。

さらに、マウスなどの動物由来の細胞を使って培養すると、未知のウイルスなどが混入するリスクがあるため、安全性の課題もあります。そのようなリスクを排除し、課題を克服するための研究がタケダ側で進められており、私はその橋渡しの手前の基礎研究を行っています。

【有馬】 その研究成果をタケダが引き継ぎ、将来的には従来の薬剤と同様に、治療すべきタイミングでいつでも使用できるよう、大量培養法の研究を進めているところですね。

私たちの強みは、iPS細胞だけでT細胞を作り出すことができる培養法を確立した点です。それによって製剤化に向けてのスピード感も一気に加速しました。

T-CiRAで研究を開始して5年間で臨床に向けた議論ができるところまで来たのは、T-CiRAに携わる前のプロジェクトと比較しても初めての経験です。特に、iPS細胞由来の細胞製品と免疫療法の掛け算でここまで進められたのはすごいことだと思います。

T-CiRAという産学協働が
もたらすシナジー

T-CiRAという産学協働だからこその面白さ、新しさは。

【有馬】 アカデミアとの共同研究は、一般的に企業とアカデミアの拠点がそれぞれ別の場所にあり、企業の研究者が大学に赴くことが多いのですが、T-CiRAでは、アカデミアの先生方が大学の研究室を出て、私たちの研究所に来てくださっています。

タケダの多くの研究者がいつでもアカデミアの研究者らと直接話せる環境にあるので、結果としてスピード感にもつながっている。この取り組みは非常に強みだと感じますね。

【入口】 そこにT-CiRAのオリジナリティがありますよね。企業の研究者も、修士課程や博士課程を経験されている方はアカデミアの雰囲気をご存じだと思いますが、製薬企業の研究は入ってみなければわからない。特にタケダさんなんてそう簡単には入れないと聞いていました。

T-CiRAは両者の環境の違いに触れられる珍しい場だと思いますし、そのようなプロジェクトに携わることができているのは有意義だと感じています。

【有馬】 入口先生が来てくださったおかげで、慣れ親しんだ場所で思いっきり研究に取り組めるのもありがたいです。

【入口】 私は、京都大学所属のままこちらの湘南アイパークのCiRA湘南分室に移ってきました。ここまで研究を進めてこられたのは、日本を代表する製薬企業であるタケダと、iPS細胞研究で世界最先端のCiRAだからこそ成し得たものだと思いますね。

この枠組み自体が本当にすごい。あとは有馬さんもお話しされたように、スピード感でしょうか。「やりましょう!」から実際に始まるまですべてが速かった。

【有馬】 確かに、スピード感はありますよね。

【入口】 あと、タケダの皆さんは優秀で、ちゃんとしていらっしゃるというのも私にとっては新しい気づきでしたね。

企業文化でもあると思いますが、タケダの方々は素直で熱い方が多い印象です。ディスカッションもよくされているし、もちろん上下関係はあると思いますが、研究においてはフラットさを感じます。

【有馬】 そうですね、伝えるべきことはちゃんと伝えますし、遠慮はしませんね。それはアカデミアの先生方に対しても同じで、双方において良いコミュニケーションがとれていると感じます。もちろんアカデミアの先生方から教えていただくこともたくさんあります。

【入口】 アカデミアの研究者は「治療につなげたい」という想いを持ってはいても、実際にはどうすればいいかわからないところがあるんです。そういう点で、製薬会社さんのノウハウの存在は大きい。

私自身、初めは臨床試験と治験の違いもわからず、T-CiRAに参画してから患者さんに新たな治療法を届けるまでのハードルの高さを知りました。臨床試験と、医薬品開発は違うのだなと。

また、大学では大抵ひとりがひとつの研究課題に任命され、順次結果を見ながら進めていくので、どうしてもまとまった進捗を得るのに時間がかかります。

その点、企業では他部門から多くの人がひとつのプロジェクトに参加するので、複数のことを同時に進められます。スピード感も規模感もアカデミアとは全然違いますし、大きな強みだなと思います。

時代の先端だからこそ見える課題に臨む使命

いま取り組んでいる研究のなかで、乗り越えるのが難しいと感じるところはありますか。

【有馬】 生きた細胞を使う薬は、既存の薬よりもデリケートで取り扱いに十分な注意が必要になりますので、患者さんに投与するまで気の抜けない工程が続きます。

難しい課題ですが、湘南やボストンの専門チームと一つひとつ丁寧に向き合いながら、細胞製剤を製造し包装して製品とする過程のさらなる最適化を検討しています。

いまの私の役割は、基礎研究から携わってきたT-CiRAの研究者として、細胞を取り扱う上で留意すべきポイントなどを分かりやすくメンバーに伝え、随時助言を与えることだと思っています。

【入口】 細胞は生き物なので、錠剤などのような薬の包装とは違いますからね。

【有馬】 いざ臨床へという段階まで研究成果を持ってこられること自体がそうそうないことですし、これまでのスピード感を落とさないようにしっかりと関わっていきたい。

製剤化に向けた研究での課題設定や考え方は、私が普段携わっている基礎研究や探索研究と大きく異なることもあり、頭を悩ますことが多いですが、扱っているものが生きた細胞である以上「私が行くしかない。私が行かないと患者さんに届かない!」という使命感があります。

基礎の研究者が細胞製造に携わるということは画期的であり、T-CiRAで細胞療法を研究開発する際の、ひとつのモデルケースになるかもしれません。

【入口】 製剤化に関する壁は、研究段階がここまで進んだからこそ見えてきたものなんです。iPS細胞の研究者は多くいますが、「大量の細胞をどのように製造するか、製剤化するか」という課題まで見えている研究者は多くないと思いますよ。

【有馬】 おっしゃるとおりですね。

【入口】 創薬研究において一番重要なのは安全性です。まずそれが担保されているのが最低限。次に有効性です。現在地を把握し、段階を追っていけば必ず「いいもの」は作れます。CAR-T細胞療法もそうやって開発されていきました。

私たちの研究のなかで安全性をクリアするためには、いかにiPS細胞からT細胞に効率よく分化誘導※させるかということが重要です。そこで私たちのプロジェクトで頻繁に取り入れているのが「シングルセル解析」という技術。

シングルセル解析は、すべての遺伝子発現を個々の細胞単位で解析できるという最先端の技術です。iPS細胞は、体中のあらゆる細胞に分化誘導が可能ですが、私たちの目的とする細胞はT細胞だけです。

シングルセル解析を応用することで、効率よくiPS細胞からT細胞に分化誘導するヒントが得られるのではないかと考えています。目的外細胞が混在していない、T細胞だけを含む製剤を作ることができたら、安全性と有効性を確認する段階に進みます。

創薬研究においては、こういった過程を経て次の開発につなげるヒントを見つけながら、中長期的に研究開発を進めていくという視野を持つことが重要だと思っています。

※細胞との接触や分化誘導因子の刺激により、異なる細胞に分化を引き起こすこと

「患者さんに届けたい」
世界を見据えて共に進む

良好な関係で研究に臨まれていることを感じますね。そんなおふたりの夢を教えてください。

【有馬】 新型コロナウイルス感染症が流行する前はプロジェクトメンバーのみんなで、仕事の後に湘南アイパーク内のバーに飲みに行ったり、週末に出かけたりすることもありました。仲間・同志という関係でしょうか。入口さんの働きぶりを見ていると、「タケダの人間のようだ」と感じることもあるくらいです。

【入口】 本当ですか(笑)。私たちの研究は「走り」の段階。これは将来すごいことになると信じながら取り組み、成果に手応えを感じる。だからこそ乗り切れる。やはり結果がついてきている実感はモチベーションになりますし、同じ想いを持って走っている実感がありますね。

【有馬】 二人三脚でハードルを乗り越えてきたからこその手応えはありますよね。CiRAからT-CiRAへの技術移管から始まり、次に製剤化に向けた培養法の開発、グローバルなメンバーで臨床に向けたディスカッション、と着実に進んでいる。

【入口】 私も手応えを感じています。グローバル展開をしているタケダの「世界に届ける」という視点にも、かなりの期待感があります。

【有馬】 現在、新型コロナウイルス感染症に対してワクチンという対応策が現れて、世界中の人々に貢献できている状況ですよね。私たちの役割は人々の健康に貢献すること。今回のパンデミックで、その想いがより強くなりました。

T-CiRAで取り組んでいる研究成果を、一日でも早く世界中の患者さんに届けたい。そして、ひとりでも多くの患者さんが救われてほしい。それが一番の目標であり、夢です。

【入口】 その夢が叶う頃にコロナ禍が収束していたら、湘南アイパークのバーでお祝いしたいですね。「細胞治療がたくさんの患者さんに届いた!」とみんなでお祝いしながら、「さあ、患者さんのために、次は何を実現していこうか?」と語り合いたいと思います。

【有馬】 本当に、その日が来るのが楽しみですね。

PROFILE

有馬 寿来留

T-CiRA研究員

有馬 寿来留

リサーチ T-CiRAディスカバリー 主任研究員。がんユニットから免疫ユニットを経て、T-CiRAディスカバリーのキックオフメンバーに。現在は細胞製造の中心メンバーとして、湘南やボストンのセルセラピーチームと連携しながら、患者さんに届けるための細胞製造を進めている。

舛屋 圭一

T-CiRA特定拠点助教

入口 翔一

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)金子新研究室所属、特定拠点助教。T-CiRA発足時から、難治性がん治療と免疫疾患におけるiPS細胞由来T細胞の実用化を見据え、効率良く高品質なT細胞を作製する工程開発と安全性確保のための基礎研究を進めている。

※所属は撮影当時のものです

LOADING