プロジェクトマネジメント業務をリードし、成果をタケダ内外へ発信するコミュニケーション業務も担当する松田香絵さん。企業と大学が協働するダイバーシティに富んだプログラム運営において、同じゴールを見据えて研究を進めるため「T-CiRA’S VALUES」の策定を先導した松田さんに、T-CiRAの研究を支えるマネジメントや将来へのビジョンについて聞きました。
T-CiRAにおけるプロジェクトマネジメントとは
T-CiRA のマネジメントに携わるようになった経緯と、業務に対する想いなどをお聞かせください。
私は2004年の入社から2015年まで創薬研究所で糖尿病や循環器といった、タケダが主力領域としていた薬の研究に携わっていました。
2015年にタケダと京都大学iPS細胞研究所(CiRA)との共同研究プログラム「T-CiRA」が立ち上がることに。再生医療という新しい領域に踏み込みたいという想いと、より広い視点で色々なプロジェクトに関わりたいという想いから、現在のポジションに移りました。
T-CiRAはタケダの社員50人、京都大学のCiRA、東京医科歯科大学および理化学研究所というアカデミアの研究者が50人、全部で100人ほどの組織。プログラムの運営管理オフィスのメンバーとして、さまざまな関係性、立場の方の視点を意識しながら、プロジェクトやコミュニケーション、運営などにも携わっています。
アカデミアの研究者とともに、iPS細胞の医療応用を共通のゴールとして、タケダの創薬研究のストラテジーやノウハウを活かしたマネジメントを、今も模索している最中です。進むべきゴールは共通なので、双方の理解を得ながら進めています。
特に大切にしていることは、タケダイズムの中心でもある「誠実である」ということ。「いち早く製剤化して患者さんに届けたい」「研究を進めていきたい」のどちらかではなく、「これは本当に患者さんの治療に役立つ製品につながるのか」という視点で、常にフラットに判断していくことが「誠実」ということだと意識しています。
産学協働における
コミュニケーションの重要性
T-CiRAが立ち上がって5年間の中で成長を感じること、また松田さんの考えるT-CiRAの強みは何ですか。
iPS細胞研究において唯一無二な点は、患者さんの細胞を出発点とすることにより、患者さんを知り、その病気の治療法を開発するアプローチが非常に効率的にできるところにあると思います。
T-CiRAでは、これまで治療法がなかった難しい疾患に対して、新しい治療法を届けることを目指して研究をしています。さまざまなバックグラウンドを持っている研究者が参画することで、これまで気づかなかった新しい視点や方向性を見いだせる環境にあると思いますし、そこがT-CiRAの強みと感じています。
次の5年で目指すのは、患者さんに届ける「臨床」につなげる段階。あらゆるハードルがありますが、タケダのさまざまな部門の協力も得て、新しい方向性や臨床応用までもう少しだと感じるところまできました。
皆さんのモチベーションを保つために工夫していることはありますか。
それぞれのプロジェクトに集中していると、「患者さんに届ける」という意識から離れて、研究そのものが目的になってしまうことがあるかもしれません。したがって、患者さんの視点やキーオピニオンリーダー(KOL)である医師の視点からの情報を提供し、目的の再確認を促すようにしています。
また、必要に応じてプロジェクトの障害をいち早くつかみ、プロジェクトのゴールを達成するための解決策を考えることも大切な仕事のひとつです。
さまざまな立場の方が参加するプロジェクトの運営をサポートしていく上で、重要なことはなんでしょう。
円滑な情報共有とコミュニケーションでしょうか。その一環として、「ONE T-CiRA」を作りました。
「ONE T-CiRA」とはオンラインのコミュニケーションツールで、所属・階層・プロジェクトの壁を超えて、T-CiRAメンバーの誰もがどこからでもアクセスできるツールとして活用しています。
それまでは、アカデミアとタケダで別々のシステムを使ってやりとりをしていたのですが、どうしても情報のラグが出てきてしまいます。「ONE T-CiRA」によって、メンバー全員が共通のアカウントを持って、どこからでもひとつの場所でコミュニケーションすることができるようになりました。
サイエンスに関する議論に限らず、プロジェクトのオンラインイベントの報告など、堅いことから柔らかいことまで、共有できるようにしています。
また、社内SNSを用いたT-CiRAのコミュニティもあります。
ここでは、業務により近いサイエンスの情報はもちろん、梶井さん(武田薬品工業株式会社T-CiRAディスカバリーヘッド・梶井靖)のつぶやきなどを発信しており、T-CiRA内で気軽にコミュニケーションをとれる場として活用されています。
もちろん、ツールでのやりとりだけでなく、直接メンバー同士でコミュニケーションをとることもT-CiRA全体として大切にしています。各プロジェクトが山中先生(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長・山中伸弥教授)にも研究の進捗を報告し、議論を交わしています。
また、コロナ禍以前は、一年に一度、1泊2日でT-CiRAメンバー全員が集まるミーティング合宿も行っていました。サイエンスやT-CiRAの方向性についての議論、プロジェクトを超えた交流をもち、そして次の日の朝は、希望者は山中先生とマラソンをするという濃密な2日間を過ごしました。
皆がフラットにコミュニケーションできる場、環境を作れているというのはすごく良いですよね。
T-CiRAに一体感を。想いをまとめた「バリュー」の策定
この5年間で、特に印象に残っていることはありますか。
「T-CiRA’S VALUES」の策定でしょうか。T-CiRAは、アカデミアとタケダが協働することで、iPS細胞を臨床に届けるのが使命。両者とも「患者さんに届けたい」という想いを持って研究に取り組んでいます。
その共通認識をあらためて言葉にして共有するために、スタートから4年目くらいに「T-CiRAのバリューを作りましょう」と提案しました。
山中先生や梶井さんのインタビューからキーワードを抽出し、T-CiRAメンバーの想いを1年かけてまとめ、ビジョン、ミッション、パーパス、そして私たちのアイデンティティへと落とし込んでいきました。
「iPS細胞の力で医療を変える」。これが、私たちT-CiRAの存在意義です。タケダの価値観である「タケダイズム」を踏まえて、「研究を研究に留まらせず、患者さんに届ける」という想いをどうちりばめるかも意識しました。アカデミアの先生方にも、タケダとともに挑戦する意義を感じてもらいたいと考えながら作成していきました。
また、「患者さんに届けたい」は、もともとT-CiRAのメンバーから出てきたメッセージでもあるんです。集まって話をする中で「T-CiRAはこうなりたい」「T-CiRAとしてこう届けたい」「そのために私たちはこうなりたい」という想いがメンバーの口から出るようになりました。
そういうことを通じて、5年かけて少しずつ共通認識として積み上がってきたのだと思います。
T-CiRA内だけではなく外へ向けての発信も行っているのですか。
患者さんに届けることは、T-CiRAだけでできることではありません。製造分野などのパートナーや、ほかのテクノロジーをもつ研究機関などと一緒に作っていく必要があります。
私たちのミッションは、治療オプションの種を見つけ出し臨床可能な姿まで作り上げ、バトンを渡す先を探すこと。そのために、T-CiRAの研究の素晴らしさを伝え、知ってもらう活動が大切だと考えています。
具体的には、T-CiRAのWebサイトでプロジェクトの紹介を行ったり、一般の方にもサイエンスの面白さを伝えられるように内容を噛み砕いたわかりやすいコンテンツを発信したりしています。
また、シンポジウムなどのサイエンスの学会で、多くの研究者たちがT-CiRAの研究内容を発表する機会も作っています。
私には元研究者というベースがありますので、その知識をもとに伝えていくことにやりがいを感じていますし、私だからできることだと誇りに思っています。
誠実に、着実に。
患者さんに届けるために。
松田さんから見て、タケダの特徴だと感じるのはどんなところですか。
人に優しいところですね。私たち従業員にとっては、さまざまなトレーニングや経験を積むための環境作りなど、積極的にチャレンジさせてくれるところに、優しさを感じます。
例えば、T-CiRAで5年かけて育ったプロジェクトが、新しいベンチャー企業に移管されました。
自分たちの研究から新しいベンチャー企業へ橋渡しができた。しかも、この湘南アイパークのエコシステムにのって発展していくところに、運営側として力添えできたのは素晴らしい経験だと思います。別の会社にはなりましたが、今後も見届けていきたいです。
また、タケダはダイバーシティに富んだ考えやキャリアを受け入れる風土があります。そういった風土は、折々の社長のメッセージや、脈々と受け継がれてきた教えから根付いてきたものだと思います。
たとえいる人が替わっても、決して変わらないものがあって、それがタケダイズムとして継承されているのを感じます。
これから実現したいこと、夢はありますか。
iPS細胞が初めて報告されてから15年。実用化まで超えるべきハードルはまだまだありますが、着実に臨床に近づいています。産学マネジメントの立場として、患者さんに届けるところまでつなげ、見届けたいです。
松田 香絵
リサーチ T-CiRAディスカバリー 主席部員。創薬研究者として主に糖尿病治療薬の創出などに携わったのち、T-CiRAディスカバリーに異動。研究プロジェクトのマネジメントなど全体の運営や、研究の成果をタケダ内外へ発信するコミュニケーション業務を担当する。
※所属は制作当時のものです