AI(人工知能)は現代社会に欠かせないものになりつつあり、データ分析の高速化、リソースの最適化など、幅広い領域で活用されています。
タケダは患者さんに貢献するために、独自のAIシステムの開発や活用を行っています。その1つに、医療関係者を通じて患者さんに適切な医療情報を届けるための業務をAIでサポートするシステムがあります。
今回は、同システムの開発チームをリードする今井幸伸さんと辻弘貴さんに、“信頼をつくる”AI活用について聞きました。
PROJECT MEMBER
データ・デジタル&
テクノロジー部
AI&ビッグデータ ヘッド

- 今井 幸伸さん
- 国内事業部における、ビジネス戦略を捉えたAIソリューションの導入全体をリード。
データ・デジタル&
テクノロジー部
AI&ビッグデータ
データサイエンスヘッド

- 辻 弘貴さん
- 国内事業部におけるコマーシャルモデルへのデータ活用、データサイエンス人材の育成やAIプロジェクトの内製化推進等をリード。
AIを活用して“信頼”を育む、
「正確な情報を届ける」取り
組みとは
タケダではAIをどのように活用していますか?
また、おふたりのチームが取り組んでいる「信頼」をつくるAIシステムとは、どのようなものでしょうか。


【今井】タケダでは、新しい薬を開発する「創薬」の場ではもちろんのこと、製造現場でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでおり、医薬品の品質向上や安定供給の実現など、各分野でAIを用いています。また、業務効率化やイノベーションの支援以外に、独自の分野でもAI活用を進めています。それが「信頼をつくるためのAI」です。
私たちが医薬品を世界中に届ける際には、その効果(有効性)や副作用(安全性)など、数多くの「情報」と共に届けています。医療品に関する情報の公平性や透明性を担保し、医療関係者を通じて患者さんに適切に情報を届けることも、製薬会社としての大事な役割です。
例えば、医薬品の「添付文書」、この説明書も大切な情報発信のひとつ。ほかにも、ウェブサイトのコンテンツや広告、学術論文などさまざまな形式で情報を届けています。
さらに「講演会」という形でも情報発信を行っています。主に医療関係者に向けて病気や医薬品の最新情報を提供するために日本全国で講演会を開催しています。その数は、タケダが関与するものだけでも年間数千回になります。
これまで、製薬会社は講演会で医療関係者に適切な情報が提供されているかどうかを人の手でレビューしてきましたが、この作業は多くの人手が必要となります。そこで、従来の人手によるモニタリングを補完し、より正確で効率的なレビューを可能とする新たな試みにチャレンジしています。それが「AIによる講演会企画レビュー」と「AIによるモニタリングサポート」です。
講演会では、講師となる医療関係者から情報を発信しますが、講師毎に言葉選びや温度感に違いが生まれ、情報の伝わり方が変わってしまう可能性があります。その情報の精度を少しでも上げ、正確に情報を伝えたい、という思いからコンプライアンス部門と共に日本で試験的にシステムを企画・開発を進めています。
医療関係者への情報伝達で誤解が生じるリスクを減らせるように、AIを活用して講演内容を事前にチェックするシステム。講演会で医薬品の効能効果について正しい情報が提供できているか、有効性・安全性のバランスが取れた適切な情報を提供できているかなどの観点で確認を行う。
講演会参加者に誤解を与える内容がなかったかを担当者が確認・評価するために、必要な情報収集や整理をAIがサポートするシステム。実施済みの講演会データをAIが分析し、その結果を担当者が確認し、最終評価を行う。


講演会で正しい情報を届ける
準備を行う
「AIによる講演会企画レビュー」
AIによる講演会企画レビューとは、具体的にどんなシステムですか?
【今井】「AIによる講演会企画レビュー」は、講演会の企画段階において活用されるシステムです。講演会の企画時には、企画概要や講演者の発表スライド内容をメディカル部門およびコンプライアンス部門の担当者が事前に確認し、レビューコメントを講演会企画者にフィードバックします。これらのコメント内容をAIが解析し、誤解を招く可能性を定量化することで、実施される多数の講演会の中から、担当者による講演会への立ち合いなど人によるサポートが必要なものを選定することが可能となります。
どのような仕組みで、講演会のリスクを判定するのでしょうか。
【辻】講演会企画者やレビュー実施部門のコメントなどをAIに読み込ませて自然言語処理し、講演内容に潜在する医療関係者への情報伝達で誤解が生じるリスクを数値化します。
主に3つの観点からチェックを行う必要があります。第一に、法令違反がないか、第二に、製薬業界で定められたルールに反していないか。そして第三に、タケダで定めたルールに反していないか、です。AIが行うのは、あくまで人間によるチェックの必要性が高いと推定される講演会を抽出することなので、最終的にどの講演会に立ち会い、チェックの必要があるかを決めるのは人間です。
システムがない頃は、どうしていたのでしょうか。
また、導入後はどのように変わったのでしょうか。
【今井】以前は立ち会いを行う講演会を担当者が選んでいましたが、講演会の数が年間数千件を超え、労力や工数面でこれらに対応することが難しくなってきていると伺っていました。AIによる講演会企画レビューの導入後は、効率的かつ、より的確に立ち会うべき講演会を選べるようになりました。これにより適切に人員を配置できるようになり、レビュープロセスにおける透明性も上がったと伺っています。


講演会後、AIと二人三脚で
検証する
「AIによる
モニタリングサポート」
実施された講演会の内容を、AIでモニタリングするシステムも開発中だそうですね。
【今井】信頼をつくるAI活用の次なるフェーズとして「AIによるモニタリングサポート」を開発中です。製薬企業は、情報提供に責任を負い、講演会においても正確な情報伝達に努めることが求められます。実施後に講演内容を確認しますが、客観的で適切な内容であったかを評価するには、効能効果外の内容が含まれていないか、科学的根拠に基づいた説明になっていたかどうかなど、いくつものチェックポイントを確認する必要があります。講演会は長時間に及ぶこともありますし、回数も数千単位となります。これらを人がすべてチェックするのはとても大変です。「AIによるモニタリングサポート」は、これまですべて人が行ってきた講演会の事後チェックを、AIがサポートするシステムです。
システムを開発、運用するにあたって意識されていることは何でしょうか。
【辻】一番大切なのは判断や意思決定に「人間が必ず関与する」ということです。むやみにAIに従うことはしません。
タケダは『人工知能(AI)の利用に関するタケダの見解』というステートメントを発表していますが、その中で述べている「責任あるAI」の実現に取り組んでいます。AIの活用に際しては、AIが導き出したアウトプットついて説明が可能であること、そして公平性が保たれていること等が非常に重要です。加えて、AIシステムが安全で信頼できるものになるように、人間の監視とフィードバックを取り入れながら運用することを大切にしています。
AIによる講演会企画レビューの開発では、各講演会のリスクレベルを適切に判定するために教師ラベル(※)の作成やモデルのハイパーパラメータ(※)の調整等が必要ですが、その際、開発者の視点だけで判断するのではなく、実際にシステムを利用する社内関係者と密に話し合うことで、「責任あるAI」の実現を心がけています。また、AIを使ったシステムは作って終わりではありません。常に、処理に用いるLLM(※)の精度をモニタリングし、教師ラベルの追加や再学習など改善を続けていくことも大切です。
※Large Language Model:大規模言語モデル。大量のテキストデータをディープラーニングで学習し構築された人工知能の一種。高度な自然言語処理を実現できる。
※教師ラベル:機械学習において、画像、動画、音声などのデータに付与され、データが何を表しているかを示す正解(ラベル)のこと。
※ハイパーパラメータ:機械学習やディープラーニングのモデルを学習する前に、あらかじめ人が手動で設定するパラメータのこと。
同じ言語で会話し共創を実現
する、
タケダのAI内製化
このAI活用をすべて内製チームで実現しているんですよね。
これはタケダならではのポイントだと思いますが、そのメリットを教えてください。


【今井】ナレッジが内部に蓄積されることに加え、実際にモニタリングを行っているチームとの密なコミュニケーションが取れるのが、一番大きなメリットです。
同じ企業文化、ビジネス環境を理解している者同士、「同じ言語で」会話できることは、開発スピードのアップにも繋がりますし、細やかにビジネスニーズをくみ取れるというメリットも生まれます。どんなに高度なAIでも、実際に使ってもらえなくては意味がありません。「ニーズに寄り添ったAI」の実現に、内製化は大きな力を発揮しています。
【辻】開発を内製化したことにより、開発過程で社内の協力を得やすいのも利点です。具体的には「AIによる講演会企画レビュー」や「AIによるモニタリングサポート」の開発において、システムのユーザーに教師ラベルの作成等に協力してもらいました。
AIモデルを構築するには一定量のデータが必要になるのですが、「懸念のある講演会のデータ」が不足していました。というのも、過去のデータを精査してみると、多くの講演会は問題なく終わるため「懸念のある講演会のデータ」の蓄積が少なかったのです。人によるモニタリングの必要性が高い講演会を判別するためには、想定されるリスクの要素が含まれるデータが当然必要です。そこで、モニタリングを行うチームに問題となる用語や表現を挙げてもらい、教師データを作って追加学習させるような工夫も行っています。
【今井】ほかにも、システムを内製化することで、社内における他のユースケースへ横展開もしやすいので、長期的視点ではタケダが目指すビジネスの方向性に沿ったシステムへと進化させられると考えています。
AIがタケダの信頼を高め、
さらなる患者さんとの
絆をつくる未来
AIを使った情報の信頼性向上は、患者さん貢献にどのように繋がるのでしょうか?
【今井】AIを活用することで、より信頼性の高い情報を効率的に患者さんや医療従事者に届けられるようになります。信頼できる正しい情報を元に、皆さんの医薬品への理解が深まり適正使用が推進されれば、それが患者さんへの貢献に繋がると信じています。
また、人の健康に関わる仕事をしている企業にとって、信頼は非常に大切なものです。適正な情報発信は、製薬会社にとって信頼を育むための、最低限の「通行手形」だと私は考えています。
私たちは、「タケダイズム(誠実:公正、正直、不屈)」という価値観を大切にしています。そして、この価値観を実践する行動指針として、「患者さんに寄り添い (Patient)、人々と信頼関係を築き (Trust)、社会的評価を向上させ(Reputation)、事業を発展させる (Business)」を掲げています。人々と信頼関係を築くという観点から、タケダイズムを実践するためにAIを活用できる場面がまだまだあると思います。まずは、AIモニタリングの開発を進め、さらには講演会以外の情報発信でもAIが情報の信頼性担保に役立つツールになるよう、取り組みを続けていきたいですね。
人の健康に影響を与える医薬品に関する情報ですから、責任をもって正しく届けられるよう、AI活用はもちろん、今後もあらゆる側面から進歩させていきたいと考えています。


PROFILE


今井 幸伸
データ・デジタル&テクノロジー部 AI&ビッグデータ ヘッドとして、タケダの国内事業におけるAIソリューションの導入をリード。国内事業部の各部門と連携し、AI技術とビジネス戦略をつなげることで、業務改善と新しい価値創出への貢献を目指す。


辻 弘貴
外資系IT企業にてシステムインフラエンジニアとして勤務した後、監査法人・メガバンクにてデータサイエンティストやAI導入プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして従事。その後タケダに入社し、国内事業部におけるコマーシャルモデルへのデータ活用、データサイエンス人材の育成やAIプロジェクトの内製化推進等に取り組む。
※所属は制作当時のものです